祥見知生『うつわと一日』

鎌倉駅から港の人事務所へ向かうとき必ず通る御成通り商店街。周囲の庶民的な雰囲気に溶けこみながらも、すっきりと整った表情が際立つ一軒が、全国のうつわファンから注目されているギャラリー「Onari NEAR」です。うつわ祥見の祥見知生(しょうけん ともお)さんは、ご自身のこのギャラリーを拠点に、各地でのうつわの展覧会のディレクションや著作などで活躍されています。
祥見さんはご自身のお仕事を「うつわを伝える」と表現なさいます。蘊蓄や批評とはまったく違う「新しい言葉」、「自分自身の言葉」、そして「行動」で、「うつわはいい」「うつわを愛することは日々を愛すること」と語り続けています。2010年秋からtwitterを始めたとき、その言葉はますます熱を帯びて、溢れ出しました。
よいうつわと暮すことの楽しさや、気に入ったうつわで食べるごはんのおいしさを語るだけでなく、うつわの作り手たちに心を寄せ、土や火へと思いを馳せ、効率や経済重視の今の時代へ、また、バトンをつないでいく未来へと考えを深めていきます。人々を励まし、自分を戒め、ときに迷い、葛藤し、ときに喜び、ときに悲しみ……どの言葉も「本音」の響きを放っています。約6年間の祥見さんのツイートから、そのごく一部を選び出したのが、今回の新刊『うつわと一日』です。てのひらに包まれた、たったひとつの「うつわ」から、私たちはこんなにも多くの愛情や知恵や感情を受け取ることができる……これは驚くべきことです。


「Onari NEAR」の前を通るとき、大きなガラス越しに皿や鉢を手にとるお客さまたちの姿を目にします。その横顔や後ろ姿が、本を読む人の姿と似ているなと思ったことがあります。

優れた器とは、そこに人がいると感じられるものである。たとえ気の遠くなるほど昔に作られた器も、そこに作り手がいる、と感じられるもの。そういう意味で、人の一生の時間を、器は遥かに超えていくものだ。

生活をかえる。水を飲む。ごはんを炊く。器を真正面に置く。ぶれない。よいものはよいし、わるいものはわるい。美しいものは美しいと感じる。喧噪よりも静寂を。

それっぽいものではない、見せかけのものではないものと暮らすことが、結局は、自分の精神も身体も救ってくれるのだ、と最近思う。


これらは『うつわと一日』に収められた祥見さんによる器についての言葉ですが、このまま書物のことに置きかえて読むこともできそうです。
あるいは、読む人によって、他のいろいろなものにも置き換えることができるのかもしれません。現代の食について、人とモノとの関係、仕事と信念について……うつわ以外にも、この本にはいろいろな隠しテーマがあり、これから先も時代の変化につれて、違う可能性を宿していく本のようにも思えます。

これまでたくさんの著作を出してこられた祥見さんですが、このような言葉中心の本を作るのが念願だったとおっしゃってくださいました。地元鎌倉のつながりのなかでの本づくりは、港の人にとっても、特別な思いがあります。
うつわは、どんどん使うことによって育っていくそうです。この本も、読んでくださる人のもとで育っていってくれることを願っています。





奥付に落款の入った特別版は、現在、「Onari NEAR」(鎌倉)と、国立新美術館地階SFTギャラリー(六本木)にて開催中の「土から生まれる展」会場のみにて販売しています。

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