『神西清文藝譜』
先日刊行した「港のひと」6号には、堀江敏幸さんによる『雪の宿り 神西清小説セレクション』の書評や、編者・石内徹さんによる、神西清についてのエッセイが掲載されていますが、『雪の宿り』の刊行によって、徐々にではありますが、神西清の小説家としての一面を伝えることができたのではないか、と感じています。
また、98年に弊社から刊行された、石内徹さんによる初の本格的な神西清の研究書『神西清文藝譜』も、小説家・神西清の背景を知る手がかりとして、ぜひ読んでいただきたい一冊です。
本書は、神西清の出自や生涯を追う評伝から、著者による神西清の小説論、そして神西清の担当編集者であった徳永朝子氏によるエピソードの聞き覚え書き、神西清研究の参考文献目録など、文人・神西清を知るうえでの貴重な資料がたくさん収めています。評伝からは、エリートであった父の突然の死によって経済的自立を促されたこと、そして母の再嫁によって味わった孤独感など、神西清の厳しいを知る少年時代を知ることができます。彼のこうした生い立ちは、『雪の宿り』にも収められた「少年たち」「母たち」といった自伝的作品を、さらに深く読みとく鍵となるはずです。
また、同時代に生きた折口信夫と神西清の文学的接点が示されているのも、本書の大きな特徴です。折口信夫研究と神西清研究をともに手掛ける著者の石内さんによって、ふたりの文学者をめぐる独自の考察がなされています。
神西清が、親友・堀辰雄の死後、その全集の出版のために、自身の創作活動よりも熱心に奔走したこと、そして、堀辰雄が古代研究を通して折口信夫に深く傾倒していたことは、文学史のなかではよく知られている話です。民俗学者・国文学者として知られる折口信夫と、ロシア文学翻訳家・小説家として知られる神西清との間には、一見特別な接点はないように思えます。しかし、ともに親交のあった堀辰雄を通して、このふたりの間に互いの影響や、同時代性を感じとることができるのではないでしょうか。
「神西清」と思われる「Jさん」に呼び掛ける形をとる、折口による堀辰雄への「弔辞」も、ふたりの関係を興味深いものにしています。