トークイベント「装幀のなかの絵の向こう側は晴れているか」終了



先週の土曜日(25日)、ジュンク堂書店新宿店で開催した『装幀のなかの絵』刊行記念トークイベント(有山達也×岡戸絹枝)は、盛況のうちに無事終了しました。ゲストの方々、ジュンク堂書店員のみなさま、そしてご来場いただいたみなさま、本当にありがとうございました。


トークでは、元「考える人」編集長の松家さんによる司会のもと、「クウネル」のことを中心に、雑誌の編集のこと、デザインのことなどを存分に語っていただきました。「クウネル」の特集は、毎回どのように企画されていたのか、画期的な表紙デザインはどのように誕生したのか。岡戸さんと有山さんの会話を聞いていると、「クウネル」が作られてきた過程を少しだけ覗いたような気がしました。


また会場には、過去に有山さんの事務所に勤めていたアシスタントの方もいらっしゃっていて、『装幀のなかの絵』のなかで描かれた、表紙の写真をめぐって、有山さんと岡戸さんが沈黙のまま30分事務所で向かい合っていたという「クウネル」1冊目のときの出来事について、詳しく話していただきました。


個人的におもしろかったのは、表紙についての有山さんのお話。松家さんは、『装幀のなかの絵』に収められた「表紙とは?」という文章の一部を朗読し、表紙についての有山さんの考えを改めて伺っていました。表紙を考えるときはまず目立つことを優先させようとしてしまうけれど、本は中身が良いことが一番大事だと思う、だから自分のなかでも、中身がよければ読者は買ってくれるんだ、という考えに徐々に変わってきた…。言葉を選ぶようにしながら話す有山さんが印象的でした。

本は、何をさておき中身が良くなくてはならない。これは大前提だ。極論を言ってしまえば、カバーなどどうでも良いのである。中身を良くするためにどうすれば良いかに、できる限りのエネルギーを注ぐ。カバーは、言ってしまえば包み紙、例えれば美味しい草餅が入っている箱を包んでいる包装紙のようなもの。もちろんその包装紙がちょっとイカしていることは大切なことだけど、中身の草餅がまずかったら全く意味の無いことだと思う。


(略)


本屋へ行って、いい感じの本だなと手にとってパラパラめくってみると、何だあ……と落胆するときがある。あの騙された感じが生理的に苦手だ。表紙と中身にレベルの差があってはいけない。カバーだけがんばっていて中身が無い。これは本作りにおいて恥ずかしいことだと思っている。


『装幀のなかの絵』有山達也