評伝を読むおもしろさ


近頃、書店をのぞくと『人を惚れさせる男 吉行淳之介伝』(佐藤嘉尚)という本をよく目にします。新潮社から4月に刊行されたこの書籍は、吉行淳之介の本格的な評伝としては初の試みとなるそうです。


評伝や伝記を読むと、その人の生涯や周りにいた人たちとの関係を「史実」として知ることができます。けれど、そこに著者の個人的な思いが入りこむことも、しばしばあります。こうした個人的な感情や見解と、史実としての部分を、自分のなかでつなぎ合わせながら読んでいくこともまた、評伝を読む楽しみのひとつだと思います。だからこそ、ある本を読んで知ったはずの彼/彼女の人生を、別の本によって、まったく別のものとして新たに知ることもあるでしょう。


私自身、いろいろな人物の評伝を読むのがとても好きなのですが、一冊の評伝を読んでその人に惚れ込んでしまうと、「他の本ではどんな風に描かれているんだろう」と気になってしまいます。そうして、別の本を読みあさっているうちに、少しずつ彼/彼女の実像に近づいているような気になるのです。


弊社で以前刊行した『淳之介の背中』は、吉行淳之介の妻・吉行文枝さんが書かれた随筆集です。評伝とは異なり、文枝さんから見た淳之介の姿を、ためらいながら、そっとことばにした本です。『人を惚れさせる男 吉行淳之介伝』だけではなく、吉行をめぐる言説や書籍は数多く出ていますが、それらを読んだ方々には、ぜひ『淳之介の背中』も読んでいただければと思います。そこには、また別の吉行淳之介の人生を見い出せるはずです。


人を惚れさせる男―吉行淳之介伝

人を惚れさせる男―吉行淳之介伝


淳之介の背中

淳之介の背中