新刊『珈琲とエクレアと詩人』橋口幸子


このたび、新刊『珈琲とエクレアと詩人』(橋口幸子著)を刊行しました。本書は、詩人北村太郎の日々の姿や暮らしぶりを描いたエッセイ集です。著者の橋口幸子さんは、詩人の晩年に、不思議な縁で同じ鎌倉の家に暮らしたことがあり、その後も詩人と親しく交流を続けます。詩人のすぐ近くで見つめたその飾らない姿を、淡くぬくもりのある筆致で描いた一冊です。装幀は清水理江さん。表紙には、清水さんによる素敵な絵が一面にひろがっています。


北村太郎さんは、港の人が敬愛する詩人のひとり。「港の人」という社名は、北村さんの詩集『港の人』(思潮社)からいただいたものです。著作としては『樹上の猫』『光が射してくる』を刊行しています。そして、北村太郎といえば2007年に刊行されたねじめ正一さんの『荒地の恋』(文藝春秋)という小説のモデルにもなりました。『荒地の恋』は、北村太郎を主人公に、田村隆一鮎川信夫ら荒地派詩人たちとの交流、そして60歳を目前に起きたある恋愛事件について書かれた小説。今回刊行した『珈琲とエクレアと詩人』では、北村さんが当時の「恋人」と一緒に暮らしていた鎌倉での生活、そして、その後自分を慕う若者たちとともに過ごした横浜での暮らしのことが、著者の見たままの思い出として描かれています。猫と街を歩くのが好きで、鎌倉小町通りにある喫茶店イワタでいつも珈琲を飲みエクレアを食べていたという北村さん。『荒地の恋』とはまた違う、等身大の詩人の姿がここにはあります。


そろそろ書店にも並びはじめている頃ですが、さっそく岡崎武志さんのブログ「okatakeの日記」で本書を紹介していただきました。「どれも詩みたいに短い話が、順に並べてあって、著者の北村太郎への深い敬愛と共感、親密さがうかがわれて、胸に沁みる。叙情的な詩的文体を使わず、事実を書こうという姿勢が、かえって気持ちいい」。とてもうれしい感想を書いてくださいました。


本書の巻末には画家の山本直彰さんによるエッセイ「北村太郎の白」が、そして巻頭には北村太郎の詩「天気図」(『犬の時代』より)が収録されています。ぜひ北村さんの詩と一緒に読んでほしい一冊です。

 北村太郎さんとは稲村ケ崎の家に住むことになったためにできた縁であったが、一九八〇年の二月に初めて会ってから一九九二年の最期までの十二年間のおつきあいだった。
 このちいさな本はだれかに聞いたりしたことではなく、直接わたしの目とこころとでみた、普段の北村さんの姿を描いたつもりだ。
 わたしにとっては詩人であるというよりもいつも優しい隣人であり、よき人生の先輩だった。いつもあたたかくたくさんのことを教えてくれた師だったのだ。
 お互いに無類の猫好きなただそこに生きている人生の師と後輩。しかし師というよりは友だちのような関係をどこかに保たせてくださった。
 もう知り合ってからの時間よりも亡くなってからの時間のほうが長くなってしまった。いつも北村さんはなつかしい。


(『珈琲とエクレアと詩人』あとがきより)