書評情報『珈琲とエクレアと詩人』『きのこ文学名作選』



先日、重版分ができあがったばかりの新刊『珈琲とエクレアと詩人』ですが、「毎日新聞」5月15日(日)朝刊の「今週の本棚」で、本書の書評が掲載されました。短い記事ですが、本書を「「無言」の一冊だが、胸にしみるものがある」と評し、詩人・北村太郎を「歩く人」と言うなど、本書の、そしてここに描かれた北村太郎の魅力が見事に表されています(記事はこちらから)。「最近は新聞に書評が出てもあまり売上げに結びつかなくなった」なんてことも言われるようになりましたが、週明けからさっそく『珈琲とエクレアと詩人』の客注が立て続けにありました。書評記事のおかげかどうかはわかりませんが、この記事を読めば、本書を読んでみたくなるのではないでしょうか。それくらい、すてきな記事でした。

詩人論も作品論もない。その意味では「無言」の一冊だが、胸にしみるものがある。詩に向かう日と詩を語るときにいくらか表情が加わるようす、いつまでもどこかさみしそうなところなどを書きとめながら、ちいさな評伝は静かに色づき、詩人最後の年までつづく。


(「毎日新聞」2011年5月15日朝刊より)


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さて、紹介がすっかり遅くなりましたが、『きのこ文学名作選』の書評も、先日の「図書新聞」(4月30日号)に掲載されました。評者はデザイナーの鈴木一誌さん。数々の傑作(本)を生み出して来た鈴木一誌さんが本書を取りあげてくれる、それだけで興奮してしまいそうですが、ブックデザインのことはもちろん、「きのこ文学とはそもそも何か」ということにまで踏み込んだ、素晴らしい書評を書いてくださいました。きのこ文学研究家としての飯沢耕太郎さんの活動を、「書棚をフィールド」とした「きのこ狩り」であり「地上に描かれた文学概念を、地中からの視線によって見直す試み」と指摘し、「その成果の現われが本書である」と評しています。本書にはさまざまな反響がありましたが、ここまで深くその内容を評した記事は、これが初めてではないかと思います。記事の最後に記された「版元「港の人」の心意気にも打たれる」という言葉にも、思わずこちらも胸が熱くなりました。

「きのこ」と入力すれば関連テクストをただちに検索できる書物の電子化時代がくるのかもしれないが、本書には、「検索→収集」といった機械的な操作の気配はない。各作品をたぐり寄せた飯沢の身体性を感じる。そのいっぽうで、テクストを〈集めた〉のではなく、自然と〈集まった〉との印象をもたらしている。編者は菌糸なのだ。


(略)


『きのこ文学名作選』は、紙の本ならではの醍醐味を手渡すブックデザインとともに、液状化しつつある出版状況を意識した書物である。版元「港の人」の心意気にも打たれる。


鈴木一誌図書新聞」2011年4月30日号より)