新刊/『わたしの東京風景』

「四月と十月文庫」の最新刊が出ました。『わたしの東京風景』です。文章は鈴木伸子さん。東京生まれ、雑誌「東京人」の副編集長を務めたこともある東京の達人ですが、この本で鈴木さんが東京という町を見つめる目は、マニア的なものとはむしろ逆方向。プレーンで、落ち着いていて、広々しています。その秘密は、タイトルにある「東京風景」という言葉にあるのかもしれません。
美術同人誌「四月と十月」で、このタイトルで連載を始めて、東京の眺め方が変わったと鈴木さんは書いています。「風景」という言葉にはどういう意味があるのでしょうか。鈴木さんのまえがき「風景を探して」より引用します。

そうして気づいたのは、やはり風景には、ある程度「引き」が必要だということ。「寄り」すぎると、それは私個人だけが興味深く思っているもののような疑念が生じてくる。「引き」のある絵だと、このすばらしさを街を行く誰かも共有しているのではないかと思える。
 偶然見つけた新たな場面を風景として切り取った瞬間、私の東京が一つ広がる。私自身に絵心というものはないが、写真はよく撮る。「今歩いて見ている街は風景として成立するだろうか」、最近そんなことをよく考えていて、自分の東京の眺め方が変わってきたような気がする。


東京の山や海、崖、それから、屋上や墓地、煙突、遊園地など、ランドスケープをつくる要素がいくつも登場します。そうやって、東京のなかに身を置きながら、少し離れた場所から東京を眺める鈴木さんの文章には、遠くを眺める人独特の「おだやかな興奮」とも呼べそうな気持ちが感じられます。
そして、もうひとつ、この本には、福田紀子さんによる東京のスケッチ画が多数収められています。ときに少し抽象的な絵は、その場所を知っている人にも、知らない人にも同じように、懐かしさや新鮮さや不思議さといった、複雑な味わいの感情を呼び起こしてくれるでしょう。
東京をテーマにした本は、いろいろあると思いますが、子供っぽくもなく、老成もせず、「四月と十月文庫」らしい一冊になりました。
東京のかたにも、東京以外のかたにも広く読んでいただければと思います。おまけの栞も、いつも通り、ちゃんとついています。

四月と十月文庫5『わたしの東京風景』
造本 B6判変型ソフトカバー/136頁
定価 1,200円(本体価格・税別)
ISBN978-4-89629-281-7 C0395
http://www.minatonohito.jp/products/152_01.html