新刊『シベリウスと宣長』をご紹介します


シベリウス宣長』が刊行されました。
著者の新保祐司さんは、これまでに『内村鑑三』『鈴二つ』(以上、構想社)、『島木健作──義に飢ゑ渇く者』(リブロポート)、『フリードリヒ 崇高のマリア』(角川学芸出版)、『異形の明治』(藤原書店)など、多くの著書を出されている、文芸批評家です。
フィンランドの作曲家ジャン・シベリウス、そして、江戸時代の国学者本居宣長。タイトルにある、このふたつの名前の取り合わせにとまどいを覚えるかたも多いかもしれません。これは最初のページから最後のページまでにシベリウスの名が記され、隅々にまでシベリウスの音楽が鳴り響いているような本ですが、音楽の本であると同時に文芸の本でもあり、ジャンルを超越した思索の本だとも言えるでしょう。
たとえば冒頭の章「序曲」では、ショパンブルックナーシューベルト、シューリヒト、クナッパーツブッシュ等音楽家はもちろん、内村鑑三小林秀雄波多野精一村岡典嗣の名や映画「アラビアのロレンス」も登場します。シベリウスの音楽に誘われるようにして流れる著者の思想や想念に身をゆだねれば、シベリウス宣長の取り合わせも、決して突飛なものではないと感じるのではないでしょうか。
「……誰かに、あなたが深くシベリウスに惹きつけられるのは何故かと問われたならば、私はシベリウスの音楽が清潔だからと答えることだろう」と「序曲」にあります。また評論家セシル・グレイのシベリウス評から、「私は聴衆に純粋な冷たい水を提供した」というシベリウス自身の言葉を引きます。純粋さ、清潔さ、冷たさ。著者の指摘する通り、それらは、現代の日本を生きる私達に決定的に欠けているものなのかもしれません。
本書を手にして、シベリウスの音楽を聴き直してみたいと思ってくだされば、あるいは、登場する名前や文献のもとを辿ってみたいと思ってくだされば、嬉しく思います。カバーには東山魁夷の北欧紀行『白夜の旅』からフィンランドを描いた作品を使わせていただきました。もちろん本文にも、東山魁夷への言及があります。
いよいよ本格的な冬へと季節が動き出したこの時期、フィンランドの透明な寒さが生んだシベリウスの音楽を聴きながら、ぜひご一読ください。



シベリウス宣長
[著者]新保祐司
[造本]四六判/フランス装/カバー装/口絵1頁/本文182頁
[定価]2,400円(本体価格・税別)
ISBN978-4-89629-288-6 C0095
http://www.minatonohito.jp/products/158_01.html