『珈琲とエクレアと詩人』から

なんだか、無口な北村さんがそこにはいた。
いとおしそうに、ゆっくりとエクレアを食べ、濃いイワタの珈琲にミルクと砂糖をいれて、少しずつ飲んでいる。


これは橋口幸子著『珈琲とエクレアと詩人 スケッチ・北村太郎』の一節です。イワタというのは、鎌倉の駅近くにあるイワタコーヒー店のこと。中庭のある落ち着いた雰囲気の喫茶店です。
『珈琲とエクレアと詩人』は、著者の橋口さんが見て、聞いて、心で感じた詩人・北村太郎の晩年を、鉛筆でスケッチするように綴った本です。
そして今月、夏葉社から橋口さんの新しい著書『いちべついらい 田村和子さんとのこと』が出ました。田村和子さんとは、田村隆一の奥さんだった人。そして、『珈琲とエクレアと詩人』の本では、「大家」とか「北村さんの恋人」と呼ばれています。ふたりの詩人に愛された女性、田村和子さん。でも、奔放で個性的で、強さも弱さも人の十倍ぐらいもっている和子さんとのつきあいは、一筋縄ではいきません。そんなやりきれなさをも、橋口さんは『珈琲とエクレアと詩人』のときと同じように、澄んだ文体で描きとっていきます。モノクロのトーンから、きれいな水色が見え隠れする装幀が気持ちのよい印象を残す『いちべついらい』。カバーの写真は武田花さんです。
便乗するようで申し訳ないですが、『いちべついらい』と『珈琲とエクレアと詩人』、合わせて読んでいただければ、「荒地の恋」の背後にあったものが立体的に見てくるのではないかと思います。そして、人の心というものだけがもつ特別な香りや響きや味を、橋口さんの文章を通して、いっそう深く感じていただけるような気がします。
それからもうひとつ。平凡社コロナ・ブックスの新刊は『作家の珈琲』。こちらでも、北村さんとイワタコーヒー店のことがとりあげられています。北村太郎さんの素敵なポートレイトや橋口幸子さんの書き下ろしの文章も。北村さんのほか、たくさんの作家とそれぞれが愛飲のコーヒー、喫茶店の紹介からネスカフェのCMまで……ページをめくるたびにコーヒーと文学の香りがただよってきそうな楽しい本です。

夏葉社 HP→

平凡社『作家の珈琲』→