『初山滋奇人童画家』刊行いたしました。

本当に美しいものを指して「いまだ古びない」ということばがよく使われますが、初山滋の絵は、この表現にもっともふさわしいもののひとつではないでしょうか。絵本「たなばた」や「もず」に親しんだ人も多いと思いますが、透明感のある美しい色彩と躍動感、深い抒情は、大人になってから見直すといっそう強く心に訴えます。日本で初めての本格的な子ども向け絵雑誌「コドモノトモ」で大活躍し、多数の絵本や児童文学の挿絵、ブックデザインの仕事を遺しました。
モダニズムの香りがあふれ、どこまでも品の良い作品からは意外な印象を受けますが、初山滋は幼くして奉公に出され貧しさゆえの苦労を舐め尽くした、たたき上げの画家です。苦労のなかで培われた反骨精神、子どもへの情愛、ユーモアなどが、作品の深みをつくり出しているのかもしれません。
新刊『初山滋奇人童画家』は、児童文化研究の第一人者、上笙一郎さんが初山滋について書いた論考五篇を収録しています。冒頭の「初山滋伝」は、晩年の初山滋に実際に会い、聞いた話をもとに初山自身が語っているかのような形に仕上げたユニークな評伝で、さまざまな苦労をくぐり抜けてきた才気あふれる人柄がいきいきと伝わってきます。続く「初山滋のマドンナ」は、初山と秘密の恋愛を育んだ女性に実際に会いに行った体験も書かれていて、従来の初山滋像に一石を投じる内容となっています。
また「初山滋動画の最高峰」は、初山が手がけた絵と造本の素晴らしさが今も高く評価されている丸善版『小川未明全集』について細かく論評しています。小川未明論を書いている上さんならではの仕事ですが、この『未明全集』第一巻にまつわる個人的な思い出も記されていて、読み応えのある作品になっています。
著者の上笙一郎さんは、昨年の一月に亡くなりました。港の人では『日本児童文学研究史』『日本児童文学学会四十年史』を出させていただき、長くお世話になりました。本書は初校ゲラまで上さんに見ていただいていましたが、再校ゲラをお出しする前に突然に旅立たれてしまいました。筆一本で身を立てられ、在野での研究生活を続け、児童文化研究を牽引し続けておられた上さんが、八十代となり、自身の研究の成果をまとめていきたいとおっしゃっていた矢先でした。できあがった本書を見ていただけなかったことが、残念でなりません。
子どもたちをめぐる環境もメディアもどんどん多様になっていく現代ですが、わが国における児童文化の萌芽を研究した上さんのお仕事は、これからますます価値を増していくことと思います。
上さんへの敬意を表して、函入りハードカバーのしっかりとした本に仕上げました。絵本でしか初山滋を知らなかった人にも、ぜひ読んでいただきたい一冊です。



[書名]初山滋奇人童画家
[造本]A5判/上製本/本文216頁/函入
[定価]3500円(本体価格・税別)
ISBN978-4-89629-308-1 C0071
http://www.minatonohito.jp/products/182_01.html