『胞子文学名作選』(田中美穂編)の内容について



今日は、昨日そのブックデザインをお見せした『胞子文学名作選』の内容について、少しだけご紹介します。まずは収録作品(目次)のご紹介です。小説や詩のほか、俳句や短歌まで、古いものから新しいものまで20作品が集められています。


「胞子文学」という聞き慣れない言葉にとまどう方も多いかと思います。田中美穂さんの解説によれば、「胞子でふえる生きものには、苔や羊歯などの陸上植物、藻や海藻などの藻類、きのこやかびなどの菌類、そして藻類と菌類が共生している地位類など」があるそうです。本書は、こうした「胞子」によって生殖活動をおこなうものたちが活躍する文学を集めたアンソロジーなのです。


具体的に登場するのは、苔、きのこ、カビ、羊歯、麹、海藻など。苔文学の傑作ともいえる尾崎翠の「第七官界彷徨」や、ふしぎな苔料理の数々が登場する小川洋子「原稿零枚日記」、羊歯との交合を描いた谷川俊太郎の詩「交合」、「きのこさん」とともに奇妙な精神世界に住む女性のモノローグで語られる多和田葉子「胞子」、カビをテーマにした小説、栗本薫「黴」や佐伯一麦「カビ」、また名作「山椒魚」の原型になった井伏鱒二の処女作「幽閉」など、胞子の不思議な世界を描いた作品は、どれもあやしく魅力的なものばかりです。


胞子文学とは何か。まずは編者の田中美穂さんによる「巻頭言」を読み、その不思議な世界に触れてみてください。


黴、苔、羊歯、海藻、茸……太古より、わずかな風に舞いあがり、一滴の雨にもあふれ流れ出す胞子によって生命をつないできたこれらの生物。「植物」とそうでないものとの境界線でゆれうごき、定義し掴み取ろうとやっきになっている人間の手を慎重にすりぬける。はじけた胞子嚢から、ありとあらゆるところへと無作為にまき散らされる胞子も、着床し広がってゆくためには厳然とした条件があり、それはまるで意思を伴っているかのようです。


(略)


かすかでひそやかで、そして大胆不敵。そのような「胞子性」を宿した作品を「胞子文学」と名づけ、ここに集めました。胞子文学は、それぞれの作品の胞子性が持つゆらぎとともに、意識をゆるめ、覚醒させ、緊張と安堵とがないまぜになった、目には視えない世界との交歓を可能にします。


身をかがめ、息をひそめ、目を凝らすことによってひろがる宇宙へ、さあ、みなさんもめいめいに。



「巻頭言」田中美穂 より

収録作品(全20作品)


巻頭言  田中美穂


永瀬清子「苔について」…[詩]
小川洋子「原稿零枚日記」抄…[小説]
太宰治「魚服記」…[小説]
井伏鱒二「幽閉」…[小説]
松尾芭蕉 2句…[俳句]
小林一茶 3句…[俳句]
伊藤香織「苔やはらかに。」…[小説]
谷川俊太郎「交合」…[詩]
多和田葉子「胞子」…[小説]
野木桃花 1句…[俳句]
川上弘美「アレルギー」…[小説]
尾崎一雄「苔」…[小説]
河井酔茗「海草の誇」…[詩]
栗本薫「黴」…[小説]
宮沢賢治「春 変奏曲」…[詩]
佐伯一麦「カビ」…[小説]
前川佐美雄 3首 …[短歌]
内田百輭大手饅頭」…[小説]
尾崎翠第七官界彷徨」…[小説]
金子光晴「苔」…[詩]


解説  田中美穂